ifマギレコ01
全てを失った後に、一人の少女を拾った。それは、全ての始まりとなる少女だった。
「七海さん」
そっと。驚かせないようにかけた声は、あまりに小さく吐息のようだ。いっそ届くかどうかもわからないくらいの声量は、自分でも笑えるくらい震えている。
「……なんですか」
「そろそろ帰った方がいいよ。もう夜も遅いから」
こちり、こちり。壁にかかった時計から、規則的な音が響いていた。短信が十一を過ぎたそれをちらりと見上げ、笑顔で促せば不満そうな顔。
「もう、電車がない気がします」
「どうかな。ギリギリ終電には間に合うかも」
「そうだとしても、この時間に一人じゃ補導される」
「塾だったって言えば平気だよ」
姉妹01
「七海さん」
呼ばれて、やちよは振り返った。教室の入り口に立っていたのは今年入ってきた新任教師で、名前を環いろはと言う。
「……ちょっといいかな?」
放課後、窓際の席で読書を楽しみ、それから帰路につくのがやちよの日課だ。昨日から読み始めた文庫を読み終え、さて帰り支度を整えようかという時だった。
「なにか?」
あまりにもタイミングが良すぎる。もしかしたら本を読み終えるまで待っていたのかもしれない。それか、何度もかけられたであろう声を自分が聞き逃したのか。どちらにせよ教室にいる生徒は一人だけで、彼女がやちよに用事があるのは明白だろう。
「進路希望のプリント、あなただけ出してないから」
「……ああ」
女主人とメイドの話01
春が鼻先をくすぐった。
重苦しいチャイムの音に、彼女は気だるく目を開く。くすぐったいと思ったのは窓から滑り込んだ桜の花びらで、もうそんな季節になったのかと目を細めた。
花の終わり際はいつでも心を寂しくさせる。出会い別れたいくつかの命を思い出すから。