どっぐらんの裏側

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いろは観察日記02


 五月二日(土)

 ……腰が痛い。
 あんなに乱暴に扱われたのは久しぶりだったわ。昨日、いろははやっぱり機嫌が悪かったみたい。理由は簡単。私が「どこにお嫁にやっても恥ずかしくない」なんて言ったから。
 なによ。そんなの言葉の綾じゃない。いろはを他の誰かに渡すつもりなんてないに決まってるでしょ。大体、腹が立ったならその場で言えばいいじゃない。それを後からネチネチと……そういうところは直した方がいいと思うわ。
 ……まあ、興奮はしたんだけど。

 あの人、ちょっと優しすぎるのよね。一晩に何回も「痛くないですか?」って聞かれるもの。別にいろはからなら痛くてもいいんだけど……まあ、根が優しすぎるくらいだものね。その辺りはじっくりと育てていきましょう。

 今日、私が起きたのは昼間だった。正確には十四時過ぎ。起きたらいろは以外誰もいなくてびっくりしたわ。フェリシアがストレスを溜め込んで爆発しそうだからって、散歩に行ったみたい。普段から誰もいない、秘密の場所に行ったんですって。さなが見つけた場所らしいんだけど、猫が沢山いるらしいのよね。今度私も連れて行ってくれないかしら。でもいろはにすら教えてくれないらしいから、もしかしたら難しいかもしれないわね。
 気を使ってくれるのは嬉しいんだけど……少し恥ずかしくもある。

 ブランチはホットドッグだった。ロングウィンナーが安かったんですって。二十本で五百円だったんですって得意げな顔するから、少し笑っちゃったわ。ほんと、やりくりが上手になっちゃって。
 いろはは先に昼食を終えていたから、テーブルについたのは私一人。だけどマグカップは二つ。この間巴さんに送ってもらった茶葉はいい香りなの。フェリシアに飲ませるには少しもったいないから、普段は隠してある。この渋みの良さがわかるようになったら、一緒にお茶をしたいものね。いつになるかはわからないけれど。
 隣に座ったいろはは、もう普段通りだった。最中も割合と機嫌が悪かったから少しドキドキしていたんだけど、一晩経ったら元通りでよかった……というか、あれだけ言ってまだ機嫌が悪いなら、今度は私がへそを曲げていたわよ。
 ああもう、思い出すと恥ずかしくなる。やめやめ。

 私はホットドッグとサラダ、いろははチョコレートをつまみながら、色んな話をしたわ。二人っきりになったのも久しぶりだったから、少しいい雰囲気でもあったと思う。あの人、最近少し敬語が崩れる時があるんだけど、二人きりだと余計なのよね。堅苦しい喋り方がふっと緩んだ時、毎回少し鳥肌が立つわ。
 親しみと、信頼と、それ以上の物を内包した目が、じっと私を見つめるの。普段よりずっとゆっくりとした瞬きが、猫の愛情表現みたいで可愛いのよ。それに、綺麗になった。
 惚れた欲目かもしれないけど、最近のいろはは本当に綺麗なのよ。今までは少女らしい純粋な可愛さだったんだけど、最近はずいぶん女性らしくなったし……大人びた、って言うと少し違うんだけど、そうね、完成されてきたと言うのが一番的確かしら。
 元々造形は整っている方だったけど、垢ぬけたというか、磨きがかかったというか。ふとした瞬間に目を細めるだけの静かな笑顔を浮かべる事があって、それがもう、ね。
 私、いろはが好きだなぁ……。

 背も少し伸びたかしらね。最近は女子も二十歳くらいまで成長があるらしいし、いろははもう少し大きくなるかもしれない。ご両親もそんなに小さい方ではなかったし、もしかしたら私より背が高くなるかも。もしそうだったら、あれがやりたいわ。「昔はこんなに小さかったのに」ってやつ。実際の身長よりもずっと下を指してやったら、あの人どんな顔するかしら。いつもの困り笑顔か、ぷくっと頬を膨らませるか。案外、穏やかに笑うだけかもしれないわね。

 最近、あやされる事が増えてきた気がする。今日だって食事の後に昼寝させられたし、どっちが年上だかわからないわ。
 付き合い始めてそろそろ三年。いろはも今年で十八か。包容力は天井知らずだし、子供扱いするよりもされる方が増えてきた気がする。いえ、気のせいじゃないんでしょうけど。
 でも、それがちょっと心地いいから、私も大概甘ったれになったものだと思う。いろはの膝に頭を乗せて、ただずーっと頭を撫でてもらって、彼女が傍にいる事に安心して、簡単に眠くなる。
 夢うつつに歌を聞いていたわ。私が好きだって言った歌。いつの間に覚えたのか知らないけど、何気ない会話を覚えていてくれたのが嬉しいと思ったの。いろはの声で紡がれるお気に入りは、涙が出るくらい優しい音がした。

 今日は寝てばかりの一日だったわね。
 夕方に皆が帰ってきて、それでようやく目が覚めた。いろはに甘えている私を見てフェリシアがニヤニヤしていたけど、機嫌が良かったから特に気にはならなかったわ。それが逆に怖いと言われたけど……じゃあどうしろって言うのよ。まったく。

 夕食はお酢のさっぱり煮とお刺身。それから冷ややっこと冷しゃぶだったわ。お刺身は散歩の帰りに皆が買ってきてくれたみたい。今日は暑いくらいだったから、夏らしいメニューがやけに美味しく感じたわね。
 そういえば、いろはは水菜が少し苦手みたい。お酢煮の下にいつもたっぷりと敷かれているんだけど、あまり手を付けていないのよね。今日やっと理由を聞いてみたら「おなかに刺さりそうで怖いんです」だって。あんまり可愛い理由だったからもみくちゃにしてやったわ。
 というか、今書いていて思ったんだけど、いろはって結構そういうところがあるかもね。スイカの種もちまちまと除けて食べてるし、小エビの甘露煮とかいかなごくぎ煮とか、硬度がそこそこある物はあんまり手をつけないもの。食の好みは完全におばあちゃんだから味付け自体は好きでしょうに、おなかに刺さるのが怖いから食べられないのよね、きっと。
 本当に可愛い人。

 三年一緒にいても、まだまだ新しい発見が沢山ある。変わったところも沢山あって、それと同じだけ変わらない事も沢山あるわ。それらを一つ一つ見つけて、明日もいろはと過ごしていきたい。そう思う。

 ……寝つきがいいところは変わらないわね。もしかしたら、昨日の疲れも残ってるのかもしれない。同じ時間まで起きていたのに、この人は普通に起きたんでしょうから。甘やかされてるわね、私。

 とにもかくにも、今一番の問題は、私は今日眠れるのかしらって事よ。遅く起きた上にお昼寝までしちゃったんだもの。
 でもまあ、もし眠れなくても、いろはを観察する時間にしましょうか。もしかしたら、眺めている間に面白い寝言でも言ってくれるかもしれないし。

 ……夢の中でも私は傍にいるのかしら。
 そうだったらいいな。