どっぐらんの裏側

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いろは観察日記04


 五月四日(月)

 昨日はいい運動が出来たわ。おかげでぐっすり眠れたし、目覚めも爽快。結構早い時間に目が覚めて、朝風呂にも入ったわ。途中でいろはも起きたみたい。洗面所に入ってきたから一緒に入る? って聞いたけど、もうフェリシア達が起きてきてるからやめておくって。本当に早起きしたのねあの子達。
 お風呂から出てリビングに戻ったら、ちゃっかりさなも混じっていた。なんでも昨日の映画が思いの外面白くって、どうせなら一話から見たかったんですって。朝食を作ってるいろはを手伝いながら、私も流し見。幼女向けだけどバトルシーンも結構あって、緩急もはっきりしてるから面白いのよ。今度私もちゃんと見てみましょうか。

 今日の朝食はクレープ。コンロとフライパン総動員で次々生地を焼いていくいろはが大変そうだったわ。あんまり汗をかく方じゃないのに、途中何度もぬぐっていたもの。タオルを持ってなかったからTシャツで拭いてたんだけど、その度ちらっとわき腹が見えるのが可愛かった。エプロンをしてなかったらおへそが見えたんでしょうけど。そこは少し残念ね。
 いろはが必死にクレープ生地を焼いている間、私は中に挟む物をあれこれ準備していたわ。レタス、トマト、ツナ、ウィンナー、チーズ、ハム、スライスオニオン、コンミート。生クリームを電動ホイッパーで泡立てていたら、昔の事を思い出したわ。機械ってすごいわよね。筋肉痛にならないもの。
 あとはチョコソースや昨日のジャム、バナナのスライスに、アイスも出した。ジャムにしないで取っておいたイチゴもあるって言うから、いろはの用意周到さに舌を巻いたわ。一週間分の献立が頭に入ってるのね……。
 一通りの準備が終わったところで、ちょうどいろはの方も焼き終わり。お店の物よりだいぶ小振りだけど、五十枚以上あればかなりのインパクトだったわ。こう言っちゃ悪いんだけど、テーブルに並べた時の見た目が……こう……手巻き寿司? 真ん中にクレープを置いて色んな小鉢が並んで、各々に取り皿があるから。私がぼんやり思ってたら、隣でいろはが同じ事を言ったわ。口に出してればハモったかもしれない。そう考えると、ちょっと惜しい事をしたわね。
 皆でアニメを見ながら手巻きクレープを食べる。今日は紅茶をやめて、久しぶりに牛乳を飲んだわ。給食だった頃は毎日飲んでいたけれど、それが終わると意外と飲まなくなるのよね。自由に出来るお金が増えて、色んな物を知ったのもあるんでしょうけど。
 しょっぱい物を食べて、甘い物を食べて、その繰り返しで無限に入る気がしたわ。焼いたクレープも全部なくなって、フェリシアはトーストも食べてた。ほんと、食べ盛りってすごいわね。

 朝食の後、いろはは汗を流しにお風呂へ。フェリシアは腹ごなしだって言って、縄跳びを持って庭に出て行ったわ。さなにはやぶさを教えるんだって息巻いてたけど……無茶しない事を祈るわ。
 今日の皿洗いはういちゃんの当番。鼻歌がアップデートされて、今見ているアニメのオープニングに変わっていたわ。なんとなく合いの手を入れていたら、いつの間にかフルコーラスになってた。二人で思いの外元気に歌ってしまって、タオルを取りに戻ってきたいろはが呼吸困難に陥っていたわね……。ちょっと恥ずかしかったわ。

 いろはがお風呂から出た頃、汗だくのさなといい笑顔のフェリシアが戻ってきた。なんとか三回ははやぶさが出来るようになったらしく、短時間の成長に少し驚く。でもまあさなは結構勘がいいし、要点を噛み砕くのが上手いからおかしくもないか。フェリシアの脊髄発言にもついていける人材は中々貴重だわ。
 とりあえず、二人まとめてお風呂に突っ込んでおく。

 その後は、三人がテレビっ子に。私達はひたすら洗濯ね。今日は朝に雨が降っていたから洗濯機を回していなかったんだけど、十時近くに晴れてきたので慌てて四回回したわ。うちには元々二台洗濯機があるんだけど、もう一台買うべきか少し悩んでる。あの子達も一生ここにいるわけじゃないでしょうけど、五人分となると結構な量なんだもの。特に夏は凄い。朝晩の二回洗濯する時もあるし、我が家のお母さんはこまめにシーツも洗濯するから、日によっては五時くらいから洗濯機を回してるもの。
 元々あった二台はそこそこ古い物だし、やっぱりもう一台買っておきましょうか。置く場所はあるんだし。

 それにしても、物干し竿いっぱいにはためくシーツって、どうしてこんなに気持ちいいのかしらね。白いシーツの向こうにご近所の鯉のぼりがはためいていて、なんだか胸がすっとしたわ。青空に白い雲、白いシーツと鮮やかな鯉のぼり。五月の緑は若々しい色で、雨上がりの空気は澄んでいて……気持ちがいいなんてものじゃない。確かにこんな日は外に遊びに行きたくなるわね。
 せっかく庭があるんだもの。今度家族だけでバーベキューでもしてみようかしら。物置を探せば、たぶん道具は出てくるでしょうし。
 そう思っていろはに提案してみたら、嬉しそうに頷いてくれたわ。そろそろ買い出しに行かなきゃいけないし、その時に色々買ってきましょう。肉と魚は余っても冷凍できるから、多めに買っても問題ないしね。
 となれば冷凍庫を少し空けたいから……ううん、やっぱり冷凍庫を買うべきかしら。洗濯機を買うなら、一緒に買っちゃいましょうか。よし。

 とりあえずいろはと相談する事にしたわ。私の部屋でパソコンを眺めながら、一緒にハンドケア。いろはは水仕事が多いから、たまにこういう時間を作ってるの。後ろから抱きかかえて、腕から指先までマッサージ。ささくれを取って、爪を磨いて、オイルとクリームで保湿しておしまい。一時間近くかけて、ゆっくりね。いつも少しだけ冷たい指先がぽかぽかになって、爪まで綺麗な桜色になるの。その光景が好きよ。一時間もくっついてると、いろはと私の体温が同じになるのも好き。
 ハンドケアって本当は向かい合ってやる事なんだけど、私達はいつもこの状態。一回目の時に私がウソをついたから、いろはは疑問にも思ってないんじゃないかしら。自分のしかやった事がないから後ろからの方がやりやすいって言ったら、すんなり納得してたものね。
 気になったのよ。どこまで真っ白なのか。
 恋も知らないあなたを手に入れて、だからこそもどかしくて、触れ合う度に緊張する姿に焦れていたの。私ばっかり好きで、もっともっと触れ合いたいと思うのは私ばっかりで、あなたにとっては怖い事なのかもって不安だった。
 だから理由をつけて抱きしめたかったの。
 初めてハンドケアをした時、私、とっても嬉しかった。あなたの体から徐々に緊張が消えて行って、口数も増えて、遠慮がちだったけど体重を預けてくれて。途中頬を寄せたら、擦り寄って来てもくれた。最後にはうとうとしていた姿を見てね、胸が痛くなったのよ。あなたにとって、甘える対象である事が嬉しかった。眠くなる程安心するんだって、その事実が幸せだったの。
 その内マニキュアもさせてね? 一週間だけでいいから。左手の薬指だけ、私の色にしてみたい。あなたを青に染めてみたいの。
 気が付いたら、いろはは眠ってた。私に体重を預けて、小さな寝息を立てて。ちょっとだけ笑った寝顔が可愛くて、いっぱいキスをしたわ。触れ合った部分からいろはの鼓動が聞こえていて、それがなんだか嬉しかった。一つになったみたいで、心地よかったわ。

 二時間くらいかしら。結局家電の相談は出来ないまま、二人でくっついてうとうとしてた。目が覚めたらフェリシアが覗き込んくるところで、ちょっとびっくりしたわ。
 お昼にしようと思って、声をかけに来たんですって。だけどノックしても反応がないから、そーっと様子を見てくれたみたい。ちょっと前だったらいきなりドアを開けてたでしょうから、これもまた成長ね。
 そうめんでも茹でるかというのを制して、今日は冷凍食品祭りにする事にしたわ。明日買い出しに行く事に決めたから、冷凍庫に空きを作らなくちゃだもの。話し声に目を開けたいろはにも話して、食べていい物を出してもらう事にした。

 と、いうわけで。今日の昼食は冷凍食品。
 カルボナーラ、あんかけ焼きそば、チャーハン、お好み焼き、ごぼうピラフ。あと、お弁当の隙間埋め用に買ってあったおかず達ね。焼きおにぎりはバーベキューでも使えるし、それはそのまま。
 なんともまあまとまりのない食卓にはなったけれど、たまにならこういうのも悪くないわね。それぞれ取って食べる形にしたんだけど、なんだかちょっと楽しかったわ。私の中の冷凍食品って、誰もいない時に一人で食べるイメージがあったから、こうしてシェアしながら食べるのって考えられなかった。新しい楽しみね。皆がいてよかったわ。

 昼食後の皿洗いがなかったから、今日は夕食の準備まで大分時間がある。リビングは相変わらず幼女達が鑑賞会を続けているから、私達は部屋に戻る事にしたわ。洗濯物を取り込むまでもまだ時間があるし、家電の相談の続きでも……と思ったんだけど。
 珍しくいろはからお誘いがかかったので、何もかも全部投げ出しました。
 やっぱりストレスが溜まってるのよね。なんせ授業で体育がある年齢だもの。私は大学一年の時が最後だったから、今はもうそこまで体を動かしたいとは思わないけれど。ストレッチの時、いろはも誘ってみようかしら。
 それにしても……敏感に育ったものだわ。付き合いだしてから……ほぼ毎日? あの手この手でなだめたり騙したり押し切ったりしてそういう流れに持っていったけれど、ここまでになるとは思ってなかった。元々才能があったのかしらね。
 打てば響く、触れば返る。今日はまだ皆起きてるから静かにゆっくりと可愛がってあげたけど、それでも何回かいってたもの。感じやすくて素敵だわ。可愛い。
 三年も付き合えばお互いの好みもだいぶわかってきてるし、最近はいろはから応えてくれる事も増えたから、私もだいぶ達しやすくはなったかも。合わせて腰を押し付けてくる動きがなんとも……これくらいにしておきましょう。今日はもういろはが寝ちゃってるんだから。

 汗も殆どかかない運動をして、少し落ち着いてからは勉強をしたわ。いろはは今年大学受験だし、必要な事はやっておかないと。
 というか自分でも思うんだけど、若いってすごいわよね。三十分前までしてたのに、その後机に向かえるんだから。かっちりと服を着たいろはからは、少し前までの情事の雰囲気なんて微塵もなかったわ。誰かがあの人を見たとしても、経験ありだなんて思わないんでしょうね。それもほぼ毎日してるなんて、きっと考えもしない。
 ……そそるわ。

 六時くらいまでは勉強していたかしら。途中、三人が洗濯物を取り込んでくれると言うから任せておいた。
 いろはの成績は、いたって問題ないみたい。わからない事もあんまりないみたいね。基本をしっかり覚えているし、何より真面目だから。毎日こつこつ復習も予習もしてるみたいだし、応用で少しつまずく事があっても、噛み砕いて教えてやればすんなり受け入れられる。素直なところも美徳だわ。
 洗濯物は、途中で三人が取り込んでくれた。丁度配達途中の鶴乃に会ったらしく、開けた窓から話し声が聞こえて来たわ。ついでだから私も窓から顔を出して、次の休みを聞いておいた。そうしたら連休の残りはさすがに休むらしいので、バーベキューを敢行する事に決めたわ。忙しくなるわね。

 六時を過ぎて、夕食の準備に取り掛かる。
 今日のメニューは、サバの塩焼き、小芋の煮転がし、鶏肉の照り焼き、茹でたスナップエンドウと、もやしサラダ。あとはマグロを乗せたメカブと、ほうれん草と油揚げの味噌汁。
 水菜が苦手なくせに、今日も照り焼きの下に敷いてあった。タレを吸った葉っぱの方だけだったとしても、ちゃんと食べるのが偉いと思う。まあ水菜って一袋に沢山入ってるから、どうしても二回に分けないと使いきれないんだけどね。
 小芋の煮転がしはいろはの得意料理。こんなに小さな男爵芋を、毎回崩さずに煮るのがすごいのよね。中までしっかり味も染みてるし。私だったら、最初からあきらめて粉拭き芋にしちゃうわ。
 丁寧にひげと芽を取られたもやしは、しゃきしゃきしていて美味しかった。スナップエンドウの筋取りもそうだけど、手間のかかる下準備を毎日のようにやってくれるのは凄い事だと思う。時間がある時しかしませんよって笑ってたけど、あなたの時間を皆のために使ってくれるところが凄いのよ。私の恋人って、本当に素敵な人。
 私は割と即物的だし、そんなに気が長い方でもないから、料理ってぱっと味を決めて放置出来る物か、ざざっと作れる物が多いのよね。最初に味を決めて放置出来る物を作って、空いた時間は他の事に当てたりもする。それはそれで私なりのやり方だから、別に悪いとは思ってないけど。
 ただ、あの人は少しでも時間が空くと、誰かのために何かをする事が多いのよ。ちょっとの時間に休むでもなく、繕い物や一品の追加を考えたりするから、凄いなって。

 人ってそれぞれ出来る事と出来ない事が違って、だからこそその凹凸が誰かと噛み合って、そう考えると短所はあくまで物理的な話なんだなって思う。一長一短。長いところと短いところがあるだけで、出っ張っている所とへこんでいる所があるだけで、それって別に悪い事でもなんでもない。だって完全な球体だったりしたら、ただぶつかって跳ね返るだけだもの。へこんでいる部分に誰かの長所が噛み合って、それで離れずいられるんだわ、きっと。
 パズルのピースと一緒よね。似たような形はあっても、同じ物は一つもないの。このピースだからこれがはまる。あの人だから、私と恋をしてくれる。色んなピースを上手に繋いで、今のみかづき荘があるんだわ。
 そう考えたら、とっても素敵。

 夕飯後、続けてアニメを見る三人に混ざって、さなとういちゃんからあれこれと解説を受けた。合いの手みたいに入るフェリシアの声で、画面に映っているキャラクターの技名を知ったりもする。
 途中お茶の時間を挟んで、いろはは眠いのか早々に歯を磨いていたわ。戻ってきていくらも経たない内に船を漕ぎだしたから、さっき部屋に運んでやった。いろはの部屋にするか私の部屋にするか、少し迷ってから私の部屋にしたわ。最近一人寝の方が少ないくらいだし、どっち道いろはの枕は私の部屋にあるしね。

 戸締りだけ確認してから部屋に引き上げて、今これを書いてる。今日は月が綺麗だわ。デスクランプを消すと、その光がよくわかる。月明かりに照らされたいろはの寝顔は穏やかで、影が薄青く溶けていくのがなんとなく嬉しかった。いつの間にか私の枕を抱きしめていて、その姿が愛しくて仕方ないの。
 ねえいろは、私はあなたにとって何かしら。恋人以上の何かになれていればいい。ただ恋をするだけの相手ではなくて、心と体を全て渡してしまってもまだ足りなくて、あなたを私のものにしても、あなたが私を全て持って行ってしまっても満足できない。
 あなたにとって、私は何かしら。私といたら安心できる? 私といたら幸せになれる?

 いつか、あなたにとっての家になりたい。私があなたの帰る場所になりたい。どこにいても、たとえみかづき荘でなくても、私がいたら家。
 ねえいろは。あなたにとって安心できる存在でいたいわ。あなたの日常でいたい。どこに行っても、どれだけ離れても、あなたが私のところに帰ってきたいと思ってくれれば。

 それがきっと、私にとって一番の幸せ。
 ねえ、いろは。