みかづき荘の晩御飯04
水曜日
・鳥ハム
・鶏スープの冷麺
・焼き肉丼
・キムチ、ザーサイ、ナムル
朝。いつもの起床よりはだいぶ早い時間に、やちよはふと目が覚めた。温もりを抱きしめていた腕に、急に冷気が触れたからだ。
「いろは……?」
「……ごめんなさい。起こしちゃった?」
昨夜、眠りについた時間は遅かった。三時まではいかなかったが、二時は過ぎていたように思う。なのに、どうして。
枕元の時計を見れば短針が六に近付いた辺りで、普段の起床よりは一時間以上も早い。
「まだ寝てていいよ」
「……んーん」
そっと毛布をかけ直されながら、それでも必死に目を擦った。恋人が起きるならば共に起きようと思い、少し体に力を入れる。
「いいから。もう一度おやすみなさい」
「んー……っ」
まだ半分以上夢に囚われているやちよを見下ろして、いろはは笑ったようだった。起き上がろうとするのを優しく制し、その手が穏やかなリズムを刻む。
「あとで起こしに来るね」
「……んー、うー」
「うん、うん。いい子いい子」
「んん……んー」
「うん」
とん、とん、とん。毛布の上からやちよを叩き、優しいソプラノがあやしてくれる。むずがる恋人を寝かしつけながら、歌うような相槌が朝日に溶けた。
「……ふふ」
呼吸が、浅く静かな物に変わっていく。眉根に寄ったしわが消え、表情全部から力が抜ければ、恋人は随分幼く見えた。
普段は可愛いというより綺麗な人だが、こうしてみると子供のようだ。いろはの前、安心しきって眠るやちよは、どこか妹のようで可愛かった。
「さてと」
その体にもう一度毛布をかけなおしてやり、いろははベッドから立ち上がる。中途半端に放置していた着替えを最後まで済ませ、昨夜脱ぎ散らかした服を軽く畳んだ。恋人の下着と合わせてそれをベッドの足元に置くと、音を立てないように部屋を出る。
抱き枕をなくしたやちよは、途端に眠りが浅くなるのだ。あまり大きな音を立てると、再び起きてしまうだろう。
「……よし」
そっと扉を閉め、そのまま少しじっとする。室内から音が聞こえないのを確かめて、いろははようやく歩き出した。
まだ電気も点けていないみかづき荘は、朝の空気に満ち溢れていた。東向きの窓から白い太陽が入り込み、薄暗い室内に光の帯を作っている。年季の入った床はよく磨き込まれ、そこに朝日が反射すれば眩しかった。
世界もまだ、夢と現実を混ぜたような時間帯。七時を過ぎれば車の行き交いや子供たちの声が聞こえてくるが、今は鳥たちの挨拶しか聞こえない。
朝は心地良い静けさに満ちている。世界は光に包まれて、なのにまだ夜を纏っているのだ。白く滲むこの時間は、何かが始まりそうな期待感にあふれていた。
「……おはよう」
階段を降り、リビングに入り、誰もいない空間に挨拶をする。あるいはこの家そのものに声をかけているのかもしれない。返事は当然ないけれど、こうしないと始まらない。そんな気がした。
だからいろはは毎日みかづき荘に挨拶をして、それから身支度を整えるのだ。
顔を洗い、歯を磨き、髪をいつもの形に整えたら準備完了。そしてエプロンの紐を結んだら、それが始まりの合図になる。一日の、そして、未来への。
「……よし!」
一つ気合を入れて、腕まくりをした。今日早起きをしたのは、美味しい夕飯を食べるためだ。時間をかけるのが愛情とまでは言わないが、手間を惜しまぬ料理には、やはりそれ相応の見返りがある。
うきうきしながら開いた冷蔵庫の中、チルドの隅っこでぎゅうぎゅう詰めになっている鶏むね肉を引っ張り出しながら、夜の事を考え楽しくなった。
日曜日、買い出しから帰ってすぐに調理を始めた鶏ハムだ。三日寝かせて、ようやく下準備が完了した。
「うん、いい感じ」
空気を抜いた真空ビニールの中、身を寄せ合った鶏むね肉達は窮屈そうだ。皮と脂身を取った身に、中さじ一杯の砂糖、そして肉の重さに対して四パーセント程の塩を揉みこんで、二日から三日漬け込み、ようやく今日過熱に移れる。
「えーっと、全部でこれだけあるから……お塩、お塩」
火を入れる前に一時間ほど塩抜きをする必要があるので、今朝のいろはは早起きだったのだ。自然冷却時の余熱でじっくり火を入れるので、夜に食べたいなら朝から準備をしなければならない。
「こんなものかな……あとはお鍋に水を張っておいて、朝ご飯朝ご飯」
塩抜き用の塩は、肉の重さに対して一.五パーセント程。全体が浸かる程度の塩水に肉を沈め、放置している間に朝食の準備だ。
「ご飯のタイマーまだだし……。これは切っちゃって、たまには洋食にしようかな」
ツナ缶一個半と豆腐、昨日皿に乗り切らなかったじゃがいもを入れたスパニッシュオムレツもどきに、カリカリベーコンを載せたサラダ。スープのためにコンソメを取り出したので、ついでにもう一つ小鍋を出し、昨日のあまりご飯をミルク粥にする事にした。パンだけだとフェリシアの胃袋を満たせないが、米があればいくらかマシだろう。
間に鶏ハム用の鍋にも火を入れて、お湯を沸かしておく。
「んー、これとこれ、これとこれ、かな」
スープにツナの残りとミックスベジタブル、そしてミルク粥用のあまりご飯を軽く洗って鍋に落とし、煮込む間に鶏ハムの続きだ。
塩抜きをした胸肉から水気を拭い、大きさの近しい物を二枚一組にする。陰陽玉のように互い違いに凸凹を合わせ、タコ糸できつく縛るのだ。これで全体の太さが一定になり、均等に火が入る。
「おはようございます……」
「おはよう、さなちゃん」
「手伝いますよ」
「ありがとう。じゃあこれ縛ってくれる?」
「はい……。縛り方は適当でいいんですよね?」
「うん。どうせ切っちゃうから」
見た目を気にするなら、荷崩れ防止用のネットを使うといいだろう。探せば簡単に手に入る。とにかくしっかり隙間なく、二枚を縛り上げられればいいのだ。
「もう一個も頼んでいいかな?」
「はい。縛り終わったらあっちのお鍋に入れちゃっていいですよね?」
「うん、お願い」
沸かした湯に胸肉を入れ、再沸騰。そこから夏場なら三十秒ほど。冬は一、二分加熱を続けてから火を止める。あとは自然に冷めるのを待てば、鶏ハムの完成だ。鍋から出す時、持ってみて柔らかかったら過熱が足りない。この辺りは鶏肉の大きさにも左右されるので、ある程度は慣れも必要かもしれない。
「おはよー」
「おはよう、うい」
「おはよう」
鶏ハムはさなに任せ、いろはは朝食の準備に戻る。深めのフライパンにスパニッシュオムレツのタネを入れ、焼き色がつくまでじっくり加熱だ。
「美味そうな匂いする!」
「ふふ、おはよう」
「おう! おはよっ!」
続々と起きてくる家族にその度挨拶を返しながら、電気ケトルに少量の水を入れてスイッチを押した。
オムレツをひっくり返すタイミングでことこと体制だった鍋の火を止めれば、隣でさなも大鍋の火を止める。鶏ハムはこのまま、夜まで放置だ。
「オムレツ代わります……」
「あ、うん。ありがとう。フェリシアちゃーん、トースターにパンが入ってるから、食べたい分だけ焼いてね」
「おう!」
「うい、飲み物とドレッシング出しておいてくれる? お姉ちゃん、やちよさん起こしてくるから」
「はーい」
取り出したマグカップに、インスタントコーヒーをティースプーン二杯。砂糖は一杯。濃くて苦いそれに牛乳をたっぷり入れて、目覚ましのコーヒーはいつもぬるめだ。
「やちよさん、起きて」
ノックはしない。そして遠慮もしない。コーヒーを机に置いてから容赦なく遮光カーテンを開ければ、毛布に包まったままのやちよが呻き声を上げた。
「まぶしいぃ……」
「いいお天気ですよ」
「まだねむいぃ……」
「今日は一限入ってるんでしょう? もう起きないと間に合いませんよ」
勢いで毛布も剥ぎ取ってやってもよかったのだが、畳んだ寝間着を思い出して手を止めた。やちよは今何も着ていない。
「朝ご飯いらない?」
「……きょう、なに」
「スパニッシュオムレツと、サラダと、スープ。あと沢山じゃないけどミルク粥もあります」
「おきるぅ……」
もぞり、毛布の芋虫が体を丸めた。ともすれば再度眠ってしまいそうな体勢だが、これがやちよの気合入れだ。一度ぎゅーっと縮こまって、その後伸びをしながら脱皮する。
「おはよう」
「おはようございます」
するり、するり。暗色の毛布を脱ぎ捨てて、白い肢体が光を浴びた。少し高くなった太陽を反射しながら、恋人がゆっくりと瞬きする。
「コーヒー」
「んー……」
ぬるいコーヒーをぼんやりしたまま啜り、噛み殺しきれなかった欠伸を一つ。シミ一つない体を惜しげもなく晒し、それなのに子供のような恋人が笑った。
「ちゅー」
目覚めの挨拶に唇を合わせ、ついでにその膝に今日の着替えを置いておく。
「子供みたいね、私」
「ふふ、いいんじゃないかな? そんなやちよさんも可愛いし」
「あんまり甘やかすとその内なんにも出来なくなるわよ」
「一から十まで面倒見ます」
「……まったく」
だいぶ目が覚めてきたらしい。一息にコーヒーを飲み干し、着替えに移ったやちよは苦笑いだった。
「早く来てね」
「ええ」
机に置かれたマグカップを回収し、最後に囁けば穏やかな声。何とも言えない微苦笑で返事をしたやちよは、やはりどこか幼くて可愛かった。
「いろは! パンなくなった!」
「……わぁ」
その表情に口許を緩めつつ階下に降り、うず高く積まれたトーストに頬が引きつる。やはり、明日からの朝食は和食にしよう。
***
「ただいま」
「おかえりなさい。もうすぐご飯だから、手洗ってきて」
昨日よりは早いが、それでも最後の帰宅となったやちよ。いつもなら玄関まで迎えに来るいろはが来なかったのでリビングを覗けば、キッチンカウンターの向こうから、手を真っ赤にしたいろはが微笑みを返してくれた。
「怪我……ってわけじゃないみたいね。キムチ?」
「はい」
「夕飯は?」
「今日は冷麺でーす」
「あら珍しい」
「鶏ハムの煮汁を使いたかったんです」
にこり。微笑んだいろはに笑みを返し、言われた通りに手洗いとうがいを済ませてしまう。そして手早く部屋着に着替えてから、エプロンを着けて横に並んだ。
「開けていいの?」
「うん。スープは一袋よけておいてね」
「四つでいいの?」
「うん。煮汁に塩分があるから、全部入れると濃くなっちゃう」
「なるほどね」
いろはは何も言わなかった。座っていて、とも、大丈夫だから、とも。きっと、傍に行きたかった気持ちを汲んでくれたのだろう。ただいつもの少し真剣な横顔を見せて、穏やかに微笑んだだけ。
「煮汁は再沸騰させて冷蔵庫に入れておいたから」
「これね。えーっと、二五〇……」
「計量カップにする?」
「ううん。目盛り付きのお玉取って」
「はい」
帰ってきてすぐに鶏ハムをよけて火を入れたのだろう。熱い内から急冷されたらしい大鍋は、既にキンキンに冷えている。
それをおたまですくい、それぞれのお椀に移してやれば、すぐにいろはが茹でておいた麺を分け入れてくれた。こちらも冷水でしめられて、よく冷えた状態だ。
「やちよさん覚えててね、右から、フェリシアちゃん、やちよさん、うい」
「後の二つはどっちでもいい?」
「うん」
きゅうりは既に細切りにしてある。白髪ねぎの準備もばっちりだし、ゆで卵なんて飾り切りまでした。今さっきキムチも切ったし、後はこれを盛りつけるだけだ。
「麺はおなかにたまらないっていつも言ってたのに」
「うん。でも冷麺は歯ごたえがあるから。よく噛むし、おなかにもたまりやすいかなって」
とは言いつつ、コンロの上、フライパンの中には、豚バラ炒めが入っている。
「いい匂いね、お肉」
「……お好みで焼き肉丼もあります」
「ふふ、是非頂くわ」
焼き肉丼用の豚バラ炒めは、薄切りを十センチ幅に切って、ごま油と焼き肉のタレで炒めた物だ。これにももっさりとキャベツが入っているのは、炭水化物ばかりにならないようにという抵抗だろう。
「冷麺が辛めだから、こっちには豆板醤入れなかったんだけど……」
「いいわよ。いろはは辛い物苦手だものね」
「……ちょっとは食べられるようになったもん」
辛い物が好きならば豆板醤を、こってり味が好きならば、ニンニクと味噌を味付けの際に追加するといい。ごま油ついでに少しのバターを入れればカロリーと引き換えに禁断の味を賞味できるし、ついでに卵の黄身なんかを落とせばスペシャル丼の完成だ。カロリーは美味い。
「やちよさん、チルドに切った鶏ハムが入ってるから、のせてってもらっていいですか?」
「わかった」
今日は、チャーシューの代わりに出来立ての鶏ハムがのるらしい。繊維質な鶏肉は長い時間をかけてみっちりと滑らかな断面になり、中心部は優しい色合いだ。
「あ、つまみ食い」
「美味しい」
たまらず端っこを口の中に入れれば、いろはが眉を下げて苦笑した。文句を言う唇に素早くキスを贈り、にっこり笑えば溜息が一つ。けれどそれ以上お小言を言うつもりはないらしく、いろはは再び料理に戻っていった。
「あとはなに?」
「レンジにナムルとザーサイが入ってるから、それも出して」
やちよに指示を出しながら、リビングでテレビゲームに興じる三人に、片付けを言いつけるのも忘れない。
出来上がった物からカウンターに置き、いろは自身は小振りのどんぶりとしゃもじを手に取った。
「ねえ」
「はい?」
そんないろはを振り返り、やちよが問う。何かと思って首を傾げれば、彼女のがレンジの上の小さな樽を指さした。
「作ったの?」
淡い黄色をしたプラスチック製の樽は、漬物用として売られているものだ。冷蔵庫の野菜室にはぬか漬け用の物が入っているが、これは蓋の縁にわずかな赤が付着しており、中に入っているのがキムチであると教えてくれていた。
「違いますよ。樽で買うと安かったの。私が作ったのはナムルだけ。ザーサイとキムチは市販品です」
「……ああびっくりした。ついにキムチまでつけはじめたのかと思ったわ……」
「まさか。いくらなんでもそこまではしませんよ」
――どうだろうか。
思いはしたが、やちよはその場では多くを突っ込まないでおいた。漬かるのは早いが毎日かき混ぜなければならないぬか床。最初は手間だが漬けてしまえば放置できるキムチ。どちらがより重症かは考えないでおこう。
「やちよさん、ご飯どれくらい?」
「少なめでいいわ。足りなかったらおかわりするから」
「ん。フェリシアちゃんは……」
「大盛り!」
「だよね。ういとさなちゃんはどうする?」
「私もちょっとー」
「私も……」
なんだかんだ、皆焼き肉丼を食べるらしい。少し意外だったが、確かにあの匂いを嗅いで、食べないという選択肢を選ぶのは難しいか。
「やちよさん、一口ください」
「あなたも食べればいいじゃない」
「……太ったの」
「身長は計った?」
「計ってないけど……」
「少し伸びてるわよ。顔が近くなったもの」
「ほんと?」
「ええ。だからちゃんと食べなさい」
いろはの高校生活もあと少しだ。そろそろ完全に成長が止まるだろうが、それでも今すぐではない。女子の成長期は十八くらいまで。けれど最近の子は二十歳過ぎまで成長する事もあるので、無理なダイエットは禁物だ。
「いろはは少しやせ過ぎよ」
「やちよさんに言われたくないなぁ」
「私は筋肉もあっての体系維持だもの。ふわふわボディとは根本的に違うのよ」
「……う」
身長と体重のバランスだけを見たならば、やちよはそこそこ重い方だ。けれど筋肉がある分太りにくいし、冬も手足が温かい。
「食べ過ぎたなら一緒に運動しましょう」
「はーい……」
渋々、と言った様子でどんぶりを手に取ったいろは。小盛のご飯を笑いつつ、片手でその腰回りを揉んでみる。
「もうちょっと太ってもいいのに」
「嫌ですよ。ただでさえ最近お尻が大きくなってきたのに」
「それは骨盤が……まあいいわ」
不自然に言葉を切ると、いろはは不思議そうな顔をした。それににこりと笑顔を返し、やちよは料理を運び始める。
「やちよさん?」
「あ、はい」
問いかけは、さらりと流しておいた。今は二人きりでもないし、とりあえず夕食が先だ。温かい物が冷めてしまうのも勿体ないが、キンキンに冷えた料理がぬるくなってしまうのも、また勿体ない物なのだ。時は金なり。
「じゃあ、いただきます」
「めしあがれ」
皆で席について、一緒になって挨拶をする。がふがふと焼き肉丼をかっこむフェリシアを注意しつつ、やちよは少し笑ってしまった。
いやはや、成長期の環境というのは重要な物だ。昔は小柄なくらいだったのに、フェリシアはやちよより大きくなった。ういもいろはを抜くだろうし、成長というのは面白い。
(いろはもそうね)
中学三年の時から今日まで、彼女はずーっとやちよの恋人だ。笑い、泣き、時には怒り、それ以外にも様々な事を経験してここまで来た。
「私が原因かもって言ったら怒る?」
「……なにがですか?」
「さっきの話」
男性が男性らしく、そして女性が女性らしい体に成長するのは、ホルモンの影響だ。勿論遺伝も多分に関係してくるが、前者の影響も軽視はできない。
「やっぱり後で話すわ」
「? ……はい」
ほぼ毎日。最低でも週に一回。我慢など出来ず、またするつもりもなく、それこそ三日と空けずに彼女に触れてきた。何も知らなかった少女を言葉巧みに手に入れて、ついには事前に準備をしておく程にまで。
その経験が彼女の体を作り変えた可能性は、決してゼロではないだろう。一夜、また一夜と肌を合わせる度に、少女は女になっていった。やちよを受け入れるため、やちよに愛されるために。
「美味しい」
「うん。よかった」
やちよ好みに育ったいろはは、そうとは知らずに微笑むのだ。あるいはそうと知っていて、それでも抵抗しないでいるのかもしれない。
今もにこにこと微笑む彼女は、ただ無邪気に見えて、どことなく艶がある。
(踊ってるのは……私の方なんでしょうね)
恋も知らない少女を手に入れて、白を自分色に染め上げたつもりで、気付けばいつの間にか染め返されてもいる。甘やかされ、先読みされて、いつの間にか大分肩の力が抜けていた。
「おかわりしよーっと」
「ずりぃぞやちよ!」
「フェリシアは最初から大盛りだったでしょ」
いろはがやちよによって女になったように、やちよもまた、いろはによって牙を抜かれた。それが嬉しいと思うから、大概自分もどうしようもないと思うのだ。
今夜もたぶん、いろはを抱く。肌を合わせるか、本当に抱きしめるだけか。それはその時の状況次第だけれど、変わらず彼女を抱いて眠る。
大人になっていくいろはを、一番近くで見ていたい。叶うならば、夢の中でも一緒にいたい。
ただそれだけの気持ちで、今日もやちよはいろはを抱く。そして彼女もまた、抵抗なんてしないのだろう。
三年かけて作り上げた当たり前は、今日も互いを作り変えていく。体内から、そして心の底から。
明日、そして未来には、また違う二人がいるだろう。けれどそれも、ここから続く延長線上。一日、また一日と、新しい二人は繋がっていく。