どっぐらんの裏側

今まで書いた物まとめたり、ちょっと長めの独り言呟いたり。※無断転載禁止

いろは観察日記05,06


 五月六日(水)

 頭がガンガンする……。動くと気持ち悪くなるので、じっと日記を書く事にした。昨日はサボってしまったから、今日は二日分書かなきゃいけないし。おえっぷ。

 昨日、五月五日は、鶴乃も交えてのバーベキューをしたわ。外出自粛の中で、万々歳は前より儲かっているみたい。デリバリーが順調らしくて、鶴乃は最近忙しそうにしているわ。高校生の間に車とバイクの免許を取っておいてよかったわね。
 売れ行きがいいのは、新しくはじめたばかりの点心類。それとお茶のセットね。鶴乃が厨房に入るようになってから、経営もだいぶ上向きになってきたみたい。味や油が良くなったのもそうなんだけど、あの子のお父さんが火工の中華料理よりも、繊細なお菓子作りに向いていたのも一因ね。いい香りのお茶を選ぶ才もそうだけれど、点心の飾りが見事なのよ。アンを鶴乃が、成形をお父さんがしているんだけど、それがすごく繊細だから女性に人気が出て今に至る。
 飲茶セットのために注文をして、ついでにラーメンやチャーハンも頼んでくれるからありがたいって……ん? これ本来なら逆よね? まあ、本人達が喜んでいるからいっか……。
 とにもかくにも久しぶりにお休みの鶴乃は、朝からすっごく張り切ってたわ。

 五日は朝食はなし。朝起きてすぐに、鶴乃といろはが車で買い出しに出かけた。その間、私達は家の事を済ませて庭でバーベキューの準備。物置にしまいっぱなしだった機材を取り出して水洗いしたり、使ってないテーブルや椅子を庭に出して来たり。なんだかんだ、家の事も含めると三時間近くかかったかしら。
 あらかたの準備が終わったころ、ちょうど二人が帰ってきた。大荷物だったからみんなで運んで、そこから炭の火入れよ。炎の事ならお任せあれって息巻く鶴乃に丸投げして、私達はキッチンで食材の準備。あ、フェリシアは鶴乃の隣で火に風を送ってたわね。
 広げた食材には、中々見ない物も沢山あったわ。買い物前にそこそこの金額を特別手当として渡しておいたから、いろはもかなり奮発したみたい。塊のお肉に皆で興奮しつつ、手早く準備開始。
 野菜類は、しいたけ、エリンギ、ピーマン、ナス、さつまいも、にんじん、たまねぎ、じゃがいも、かぼちゃ。牛肉は、ももブロック、肩ロース、ハラミ、タン。豚はヒレ、ロース、もも、バラ。鶏は骨付きのももに、既に串を打ってある砂肝とレバー。あと鴨肉とラムも少しだけ。海鮮は、エビ、ホタテ、いかの一夜干し、それと西洋アサリ。
 今思い出せるラインナップだけでもかなり豪華なんだけど、何より皆を興奮させたのが……塊のベーコンよ。お肉屋さんでカット前のを買ってきたんですって。重量にして、一キロ。
 元々食べきれなくてもいいと思って買ったそうなんだけど、これがね……なくなるのよ。食べ盛りの胃袋を舐めたらいけない。とりあえず串を打つ物は打って、そうでない物も封を開けて、皆でせっせと庭に運んだわ。
 鶴乃は見事に自分の仕事をやり遂げていた。発火剤もなかったのに大したものだわ。火を大きくするには適度な隙間が必要だそうで、空気の通りがうんたらかんたら。聞き流したからよく覚えてないわ。自分でやるなら発火剤を使うでしょうし。
 正直、そわそわして仕方なかったの。だって何年振りかしら。まだ下宿をしていた頃だから、中学生以来? 久しぶりの高揚感で、わくわくが止まらなかった。
 鉄板に油は塗ってある。網も設置済。クーラーボックスには飲み物も冷えてる。準備は万端。となれば待つ理由もないでしょう。バーベキュー開始よ。

 第一陣が焼き上がるまでは、少しだけ間があった。皆がじっと火を見つめて、焼き上がるのを今か今かと待っている。フェリシアなんかもうお皿を持っていたわ。いろはが皆に飲み物を回してくれたんだけど、その笑顔が子供みたいで可愛かった。周りに気を配りつつもわくわくしているのがわかって、応えるこっちも笑顔になったわ。ああでももしかしたら、私がそういう顔をしていたから、いろはも子供みたいに笑ってたのかも。
 いろはが私にくれたのは、よく冷えたお酒だった。鶴乃にも同じ物を渡して、片付けは任せてって笑うから甘える事にしたわ。まあその結果が今なんだけど……今回の事でキャパシティが身に染みたから、次に生かしましょう。
 一回目に焼いたのはなんだったかしら。タンと……駄目ね、思い出せない。あれもこれも食べたし沢山飲んだから、だいぶ記憶が飛んでるわ。あと頭が痛い。
 途中柏餅をつまみにビールを飲んだ事は覚えてるんだけど……味噌餡となら意外とありだったわ。

 外での食事すると、なんだか無限に入るのよね。最後の方は買ってきた物もあらかたなくなって、リンゴを焼いたりしてたもの。一日でどれくらいのカロリーを摂取したのか……考えたくないけど、考えずにはいられないわ。

 料理は基本的にいろはの担当なんだけど、バーベキューはフェリシアが大活躍だったわね。お皿を持って食事を待ってるいろはって、なんだか少し新鮮だったかも。
 あの人はまだお酒は飲めないから、その代わり炭酸ジュースで私に付き合ってくれた。ちびりちびりジュースを舐める姿が可愛くて、じっと見つめたら困り顔。あんまり見ないでくださいなんて照れ笑いするから、可愛くてキスしてやった。ぼやける程近くで見たいろはの瞳は、お日さまに煌めいていて宝石みたいだったわ。直前までジュースを舐めてた唇と舌は、ほんのり甘い味がした。
 呆れ顔のフェリシアと、苦笑いの鶴乃、のほほんと笑うさなに、黄色い悲鳴のういちゃん。それと満面の笑顔だったでしょう私を順番に見て、それからいろはが大爆発。
 人って、本当にあんな一瞬で真っ赤になれるのね。ボンって音がしそうな早業。わなわな震える唇はちょっとだけ光ってて、それが妙に艶めかしかった。綺麗な瞳にさっと涙の膜が張って、泣くかなってちょっとだけ不安になったけど、いろはは泣いたりしなかったわ。
 その代わり真っ赤な怒り顔で馬鹿とかえっちとか酔っ払いとか罵られたけど、私はただ笑うばっかりだった。だってあの人ってば、人が良すぎて罵りの語彙がないんだもの。最終的にはバカバカ言いながら殴りかかってきたから、そのまま腕の中に閉じ込めてやった。ぎゅーぎゅー抱き潰したらしばらく悲鳴を上げてたけど、その内抵抗しなくなったわ。私にしか聞こえない声で「恥ずかしいから二人きりの時にして」って囁くから、あんまり愛しくて胸が痛かった。
 アルコールっていいわね。だって全部そのせいに出来るもの。もちろんやった事は自分の責任だけれど、恋人に甘えるくらいなら酔っ払いだからと大目に見てくれる。楽しい酔い方なら、仕方ないなぁって笑ってくれる。だから実は、たまにお酒のせいにするの。

 私は寂しがり屋で、甘えたがりで、いろはより子供っぽいところも沢山あるわ。だけど同時に年上のプライドだってあるし、家主としての責任だってある。もっと子供でいたいと思う事だって山程あるけど、状況が許してくれない事だってあるの。
 普段なら、何もない状態なら、踏み越えられない部分がある。今でもまだ、理性の端っこだけは掴んでおこうとしているの。

 本当はね、もっと甘えたいわ。いろはの前では、年齢とか立場とか仕事とか、そんなの全部考えないでいたい。二人きりの時だけじゃなくて、皆がいるところでもあなたにくっついていたいの。
 全部全部ね、投げ出してしまいたい。心のままに、あなたを抱きしめてしまいたい。そう思うわ。

 みんなが私を酔っ払いだと思ってた。あの時は、いろはですらそう思ってたでしょうね。だけどまだ、私は酔ってはなかったわ。だってこんなにはっきり覚えてるもの。お酒が入ってるから怒られないかなって、頭の中で計算までした。
 皆より先に大人になるのは少し寂しかったけれど、大人には大人の楽しみがある。大人になったからこそ、子供になれるチャンスがある。
 まだ真っ赤な顔のまま、私を気遣ってそっと触れてくれるいろはが愛しかった。

 昨日、私は一つの野望を達成。皆の前でもいろはとずーっと触れ合っていたいっていう、本当にちょっとした事なんだけれど。
 五月晴れの中、ずーっと繋いでいる手はしっとりと汗ばんできて、何をするにも不便だったけど、いろはも殆ど離そうとしなかった。食事のために自由にしてやっても、終わったらまた私の手を掴んでくれる。

 その時ね、思ったの。
 いろははこれからもずーっと、そうしてくれるんだろうなって。
 何度繋いだ手が離れても、必ず戻ってきてくれる。私がそうしていたいと願う限り、あの人は必ず私の傍に帰ってきてくれる。それがどんなに不便でも、例えば今後私が枷になるような事があっても、そんなのきっと気にしないのよ。
 ただいつもの困り笑顔で隣に立って、そっとこの手を掴んでくれる。きっと、これから何年経っても、ずーっと。
 この人は絶対に私を一人にしないだろうなって、根拠もないのに確信して、そうしたらなんだか涙が出た。空の青と白い雲と、鮮やかな緑がぐんにゃり歪んで、その中で見つめるいろはだけがはっきりと実像を結んだままで、それにもっと泣きたくなった。

 いろはは、何も言わなかったわ。なんでもない顔をして、濡れタオルを私の顔に当ててくれた。日に焼けたらマネージャーさんに怒られますよ、なんて優しい声を出して、繋いだ手をそっと撫でてくれたの。
 ああ私、この人を好きになってよかったなぁって、心の底からそう思ったわ。日常に愛をくれる人で、本当によかった。

 そこからはもう、なんていうか、タガが外れたのよね。いい意味で全部どうでも良くなって、鶴乃と二人で浴びる程飲んだわ。
 おかげ様で記憶もなければ動く元気もないんだけど、とりあえず吐いたり粗相をしたりはしていないみたい。なんでか皆の機嫌もいいし、いろはに至っては妙に優しいし。
 そこがちょっと怖いんだけど……まあ、後で聞いてみましょうか。

 ちょっと体調が上向いてきたので、今の内にシャワーに入って少し胃に物を入れましょう。続きは夜にまた。


 さて、現在時刻は23時前。早いけど、今日はもう部屋に戻ったわ。後は寝るだけ。
 昼過ぎにようやく下に降りたら、いろはがすぐに寄ってきた。たぶん土気色でしょう私をぺたぺた触って、すぐにグレープフルーツジュースを持ってきてくれたわ。キンキンに冷えたそれを流し込んで、少ししゃっきりしたところでシャワーを浴びた。
 脱衣所に上がった頃には味噌のいい匂いがして、すぐにしじみの味噌汁だってわかったわ。リビングに行ったら同じ状態の鶴乃が先に食卓についてて、二人そろって二日酔いの改善に努めた。

 今日はあいにくの雨模様。昨日の晴天がウソみたいだったわ。雷も鳴ってたし……昨日バーベキューをしてよかったわね。
 フェリシア達は、今日もアニメ鑑賞。お昼ご飯はお好み焼きだったみたい。でもホットプレートが出てないからどうしたのかしらって思ったら、昨日の夕方に鉄板で焼いてたらしいわ。全然覚えてない……。

 ちなみに皆の機嫌が良い理由なんだけど、私はどうやら大分素直に本音を曝け出したみたいね。酔っぱらって一人一人を散々褒めちぎったらしくて、話を聞きながら二日酔いとは別の頭痛がしたわ。笑い上戸と泣き上戸を同時にやったらしいので、今後は本当にアルコールを控える事にする。記憶がない分まだ鶴乃よりはマシだけれど、翌日に聞くだけでこのダメージだもの。酒は飲んでも呑まれるな。肝に銘じるわ。
 いろはが優しい理由は……まあ、後にしましょう。

 今日はしじみの味噌汁と、夜は貝出汁の澄ましうどん。私と鶴乃以外の皆は、余り物を野菜炒めや卵とじにして丼にしていたわ。目では食べたかったんだけど、胃は受け付けてくれなさそうだからやめておいた。
 だけど、夕食を食べ終わる頃にはだいぶ復活。とりあえず頭を振っても痛まなくなったから、さっき少しだけ散歩をしたわ。と言っても庭を歩いただけなんだけど。
 濡れた空気は、少し草の匂いがした。明日が満月だから月もだいぶ丸くなっていて、白い光が綺麗だったわ。室内の明かりも届かない位置まで行って、ただ夜空を見上げる。都会の夜空は黒と言うには薄い色合いで、だけどそれがどことなく優しい気がしたの。
 今私に見える光全てが、人の生きている証でもある。真っ黒な闇がぼんやりでも明るくなるのは独りぼっちじゃないからで、そう思ったら嬉しくなった。地球温暖化とか省エネとか、そういう観点から見たら人工灯はあんまり良くないんでしょうけど、自分以外の誰かがそこにいるって思うだけで、救われる夜もあったもの。
 かなえとメル。煌めきがこの手の中から零れ落ちていった時、朝よりも夜の方が優しかった。陽の光がある内は、立ち止まってなんていられなかったから。皆が寝静まった夜だけ、真夜中と呼ばれる数時間だけ、私はじっと佇む事が出来た。喪った者のために泣く事が出来た。
 朝は必ずやって来るわ。そうしたらまた、顔を上げて日常を送らなければいけない。夜に眠れなくとも、陽がある内は活動するの。それが毎日。あの時はさすがに……苦痛だったわね。

 なんだか久しぶりに懐かしい気持ちになったわ。もう痛くない。寂しくもない。ただ少し目を細めて、じっと耳を澄ませる事が出来る。忘れないようにとあの子たちの声を繰り返して、思い出に微笑む事だって出来る。
 それは、今ここに皆がいるから。いろはがいてくれるから。あんなに苦しかった日常に、小さな幸せを散りばめてくれる人が現れたから。こんな私でも、沢山愛してくれるから。

 そう思ったらなんだか動けなくて、ちょっとのつもりが一時間くらいそうしていたわ。
 気づいたら少し離れた所にいろはが立っていて、少しだけ驚いた。手に持ったストールは私のためなんでしょうね。だけど私が自分の世界に沈んでいたから、声もかけずにそこにいてくれた。本当に、涙が出る程優しい人。
 やっと振り返った私を見て、あの人、ほっとしたみたいだった。控えめに微笑む姿がなんだか不安そうで、それを見たら堪らなくなったわ。月から隠すように抱きしめて、沢山沢山キスをした。いろはは急な行動にも文句ひとつ言わないで、私をぎゅっと抱き返してくれた。
 それだけで、寒さなんて感じなくなったのよ。雨の気配は遠くに消えて、いろはの熱で温かくなって、私はまた今に戻ってこられる。今と、未来を楽しみに歩いて行ける。
 あなたはキザだって笑うけど、いつだって思うのよ。いろはは私の太陽だって。私の世界に朝を連れてくる存在が、あなたであって良かったって。
 あなたに出会えてよかったって、きっと何度でもそう言うわ。本当の光と、優しい温かさをありがとう。

 あなたがあなたで、本当に良かった。

 なんだかね、この日記をつける程に、ただあなたの事が愛しくなるの。いろはへの想いが募っていって、たまに居ても立ってもいられなくなる。ラブレターを書いているみたいだわ。本人に見せるつもりもないのに、あなたへの愛しさばかり綴ってる。
 でも、これでいいのかもね。だって普段から、どれだけ言葉にしても足りないと思っているんだから。口にして、こうして書いて、それでようやく半分くらいかも。あとの半分は、言葉にできない。だから触れるし、抱きたくなるの。何か一つが欲しいんじゃない。いろはの全部が欲しいんだわ。そしてどれか一つが伝わればいいわけでもない。私の全部を知っていて欲しい。
 もうちょっとかな。それとも何年もかかるかも。どっちでもいい。だって私達はもう大人になれる。私はあなたを待っていられる。あなたは必ず、私のところまで走ってきてくれる。そう確信してる。
 真面目が服を着ているようなあの人が、本能だけで私を愛してるのは間違いないもの。それだけでも万々歳だわ。

 うっかりつけたらしいキスマークは、気づかないふりをしていてあげる。今日一日あれこれと介抱してくれたもの。あなたのおかげで二日酔いがより酷くなった事には目を瞑りましょう。ただ次からは、直前直後に水を飲ませておいてくれると嬉しいかも。

 いろはに言ったらどうするのかしら。言い訳する? それとも素直に頭を下げる? たぶんあの人なら後者でしょうね。もしかしたら、自分でも信じられない気持ちでいるかもしれない。じゃなきゃきっちりと服を着せたりしないだろうし。
 虐めるつもりはないけれど、面と向かって聞いてみたい気もするわ。酔いつぶれた私を部屋まで運んで、ベッドに寝かせたところでむらむらした? 我慢できずに手を出して、その後頭を抱えたのかしら。
 慌てて何もなかったように取り繕ったけど、色々と詰めが甘かったわね。いつもはとめない第一と第二ボタンがとまってたし、拭き切れてなかったし。中途半端な色のキスマークはうっかりだろうし、全部が中途半端でシャワーを浴びながら笑っちゃったわ。
 私が誘ったって事は絶対にないと思う。だってそうだったら、そもそも服を着せる必要がないもの。

 というか一番びっくりしたのは、いろはが隠そうとした事なのよね。今日の妙な優しさも罪滅ぼしでしょうし、意外な一面が見えてちょっと面白くなってるわ。気が動転してるんでしょうね。たぶん、今もまだ。自分がそんな事をする人間だと思ってなかったから、余計混乱してるんだと思う。
 私も予想外だったわ。いつの間にか、私に対してそんなに甘えてくれるようになってたなんて。
 いろはは今も、私以外に対しては馬鹿がつくくらいの真面目だわ。もちろん私に対しても真面目で真剣だけれど、違うのは理性の厚さ。分厚いガラス、あるいは何枚にも重ね着した服。いろはの仮面ってかなり強固で、いい子でいなければ息も出来ないみたいな部分があるの。
 あの子の中で善悪に二分出来る事では全て善を選ばなければいけなくて、助けられる人は全て助けなくてはいけなくて、そのためには自分の命すら軽視する事がよくあった。あの子は希薄で、あの子自身が見えない事もよくあったわ。読みにくいって何度も思った事がある。
 でも、少し変わってきたと思うのよ。私に対しては、特にね。
 今のあの人にとって、私は甘える対象なのよ。我慢しなくていい相手なんだって本能的に思っていて、それがとうとう理性を突き破ったから嬉しいの。仮面がようやく剥がれて来たわ。面白くて仕方ない。
 何事も一度経験すると忘れられない物だもの。いろはは今回私を犯して、本能に従った時の心地良さを知った。元々理性なんて本能の前では弱い存在だわ。一度負けてしまったなら、今後はその機会が多くなる。絶対。
 ああ、そう考えると、やっぱり面と向かって言った方がいいわね。いろはが自首する前に私から言った方がいい。その上で許した方が、よりいっそうぐずぐずになる。
 せっかくここまで来たんだもの。やっとここまで溶かしたの。邪魔な理性をせっせと脱がせて、もう少しで剥き出しのいろはに触れられる。ここで下手に理性を取り戻されたらたまったものじゃないわ。
 だって、私ばっかりぐずぐずにされて、いろはだけまともでいるなんて不公平じゃない?
 今まではなんだかんだ、のらりくらりと逃げられてきたんだもの。それか一瞬だけで、すぐにいつものあなたに逆戻り。つまらないことこの上ないわ。 

 今日は絶対逃がさない。今度こそ私で塗りつぶしてやるんだから。覚悟してなさいよ、いろは。